筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因遺伝子を解明

<要約>

広島大学原爆放射線医科学研究所の川上秀史教授、丸山博文准教授らの研究グループは、筋萎縮性側索硬化症注1)の新たな原因遺伝子を解明しました。遺伝子Optineurin (OPTN)の変異により筋萎縮性側索硬化症が発症します。この成果は学術誌 “Nature ” (2010年5月13日号 Volume 465 Issue 7295)に掲載されました。

これまでに筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic lateral sclerosis: ALS)の原因遺伝子はいくつか解明されましたが、遺伝性のものでもほとんどが原因遺伝子は不明のままです。今回、常染色体潜性(劣性)遺伝性注2)の家系に注目し、高密度Single Nucleotide Polymorphism (SNP) 注3)を解析することにより候補領域をしぼりこみ、その塩基配列を決定することによりOPTNの遺伝子変異を発見しました。この遺伝子はもともと正常眼圧緑内障の原因遺伝子として報告されています。OPTNの働きの1つとして、細胞内シグナル伝達系のNF-κBを抑制しますが、遺伝子変異によりその抑制機能が失われることがわかりました。NF-κBは炎症や発癌に関与していることが知られており、OPTNの機能喪失によりNF-κBの過剰な活性化がおこり、運動神経に影響を与えていることが考えられます。これまで筋萎縮性側索硬化症とNF-κBとの関連は注目されていませんでした。NF-κBの抑制剤は治療薬の候補となりますが、今後はこのような発症メカニズムに基づいた治療法の開発をめざします。

<主な共同研究者>

徳島大学大学院神経情報医学分野 和泉唯信
関西医科大学神経内科学(現京都大学神経内科) 伊東秀文
埼玉医科大学病院呼吸器内科 萩原弘一

<詳細説明>

これまでに発見されている筋萎縮性側索硬化症の原因遺伝子は遺伝性のもののうち10〜20%を占めるのみです。根本的な治療法を開発するためには新たな原因遺伝子を発見し、共通の発症機序を解明する必要があります。
今回、遺伝性のもののうち血族結婚の家系で発症し、常染色体潜性(劣性)遺伝が考えられる症例に注目しました。6症例を選択し、それぞれ高密度Single Nucleotide Polymorphism (SNP)を解析し、共通するホモ接合注4)が連続する領域を見つけることにより、原因遺伝子の候補領域を抽出しました。この抽出には共同研究者である埼玉医科大学萩原弘一教授の考案した方法を用いました。その領域に存在する遺伝子の塩基配列を決定することにより、OPTNの遺伝子変異を発見しました。このOPTN遺伝子はもともと常染色体顕性(優性)遺伝性正常眼圧緑内障の原因として報告されています。緑内障とは別の部位に3種類の異常を常染色体潜性(劣性)遺伝の2家系3症例、遺伝歴のない1症例、常染色体顕性(優性)遺伝の2家系4症例に見いだしました。いずれも変異によりタンパク質の機能が低下することが予測されました。OPTNの働きの1つとして、細胞内シグナル伝達系のNF-κBを抑制しますが、これらの遺伝子変異によりその抑制機能が失われることがわかりました。また緑内障の変異では抑制機能は失われず、発症機序が両者では異なることが予測されました(図1)。

OPTNFig1

図1.NF-κBの活性をルシフェラーゼで測定。ALSの顕性(優性)変異と潜性(劣性)変異では活性が抑制されません。

 培養細胞でOPTNの分布を調べたところ、正常では顆粒状物質がゴルジ装置に近接していましたが(図2a)、常染色体顕性(優性)遺伝の変異を有する場合顆粒の数が減少しゴルジ装置への近接も減少していました(図2b)。緑内障の変異を有する場合、顆粒の大きさが大きくなり、ゴルジ装置に近接していました(図2c)。OPTNはさまざまなタンパク質と結合しており、OPTNの細胞内分布が変化することにより、これらのタンパク質複合体の機能が障害されることが予測されます。

OPTNFig2

図2.OPTNの細胞内分布はALS変異により減少しています。

 OPTNの分布を常染色体顕性(優性)遺伝の変異を有する筋萎縮性側索硬化症の患者剖検脊髄で調べると、細胞質に抗OPTN抗体で染まる凝集体をつくっていました(図3a)。さらにOPTN変異を有しない孤発性の患者脊髄(図3b)およびSOD1遺伝子変異を有する家族性の患者脊髄(図3c)においても細胞質内にOPTN陽性の凝集体を認めました。これらのことはOPTNが一般的な筋萎縮性側索硬化症の発症メカニズムに深く係っていることを示していると考えられます。

OPTNFig3

図3.剖検脊髄.いずれも抗OPTN抗体で染まる凝集体を認めます。

 OPTNの変異により細胞内蛋白複合体の機能やNF-κBの働きが異常をきたし、運動細胞が死滅することが予測されます。今回の成果は筋萎縮性側索硬化症の原因遺伝子の1つを解明したことにとどまらず、本疾患に共通する発症機序にOPTNが関与していることを示しています。今後はこの機序を解明するとともにNF-κBの抑制剤など発症機序に基づいた治療法の開発をめざします。

<用語説明>

注1) 筋萎縮性側索硬化症
  ルーゲーリック病とも呼ばれます。筋肉を支配する運動神経が変性・脱落することにより、筋力低下・筋萎縮をきたす疾患です。根本的な治療法はなく、人工呼吸器などのサポートがなければ3〜5年で死に至ります。
注2)常染色体潜性(劣性)遺伝
  異常な遺伝子が常染色体上にあり、2つの変異アレルをもつ場合に発症する遺伝形式。
注3)Single Nucleotide Polymorphism (SNP)
  ヒトの遺伝子は30億塩基対のDNAで構成されていますが、一人一人を比較するとそのうち約0.1%に塩基配列の差があります。これを遺伝子多型と呼びますが、このうち1つの塩基が他の塩基に変わるものを一塩基多型(SNP)と言います。
注4)ホモ接合
  一対の相同染色体上のある特定の遺伝子座の塩基配列が同一であること。

<論文名・著者名>

Mutations of optineurin in amyotrophic lateral sclerosis
H Maruyama, H Morino, H Ito, Y Izumi, H Kato, Y Watanabe, Y Kinoshita, M Kamada, H Nodera, H Suzuki, O Komure, S Matsuura, K Kobatake, N Morimoto, K Abe, N Suzuki, M Aoki, A Kawata, T Hirai, T Kato, K Ogasawara, A Hirano, T Takumi, H Kusaka, K Hagiwara, R Kaji, H Kawakami
Nature, doi: 10.1038/nature08971

<共同研究機関>

広島大学原爆放射線医科学研究所分子疫学研究分野
 丸山博文、森野豊之、鎌田正紀、川上秀史
徳島大学大学院神経情報医学分野
 和泉唯信、野寺裕之、梶 龍兒
関西医科大学神経内科学
 伊東秀文、木下芳美、日下博文
埼玉医科大学病院呼吸器内科
 萩原弘一
広島大学大学院医歯薬学総合研究科統合バイオ研究室
 渡辺康仁、内匠透
埼玉医科大学ゲノム医学研究センター発生・分化・再生部門
 加藤英政
広島文教女子大学人間科学部
 鈴木秀規
南大阪脳神経外科
 小牟礼修
広島大学原爆放射線医科学研究所放射線ゲノム疾患研究分野
 松浦伸也
小畠病院
 小畠敬太郎
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科脳神経内科学
 阿部康二、森本展年
東北大学医学部神経内科
 青木正志、鈴木直輝
東京都立神経病院脳神経内科
 川田明広、平井健
山形大学医学部内科学第三講座
 加藤丈夫
滋賀医科大学病理学講座
 小笠原一誠
モンテフィオーレメディカルセンター病理部門
 平野朝雄